2008年10月30日
非現実の王国で~ヘンリー・ダーガー

毎年この時期に滋賀県立近代美術館の付近を散歩します。
去年は散歩しただけで中には入らなかったけど、
今年は「アール・ブリュット」-パリ,abcdコレクションより-というのをしていたのでのぞいてみた。
アール・ブリュットというのは、「生のアート」という意味で、特に芸術の伝統的な訓練を
受けていなくて、名声を目指すでもなく、既成の芸術の流派や傾向・モードに一切とらわ
れることなく自然に表現したという作品のことをいうそうです。英語ではアウトサイダー・アート
というらしい。精神病の治療として絵画などを描いた人の作品などが多いが、広く芸術の
訓練を受ける前の子どもの自然でのびのびとした作品も含むようです。
たくさんの人の作品が展示してましたが、まったく誰ひとり知りませんでした。
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2008年10月26日
サザンオールスターズ
突然活動休止におどろいていたのですが、wowwowで放送があったのを録画しておきました。
そして、この頃 テレビ(sony Bravia40X)で ogawaのハイバックチェアに座って見ています。
ちょうど学生時代にデビューし、お気に入りの曲はいっぱいあります。
今はkiller streetのCDを車でよく聞いています。そして、沖縄の島々にあこがれます。
ある時 「この曲はサザンで言うたら『希望の轍』やな」と息子さん。
親が聞いている曲を自然と子どもは聞いているもので、少しおどろきました。
親子でコンサートに行っている家族を見たりすると、なんかいいなあ。
「いいものはいい」 こうして人の心に受け継がれていくのだろう。
We will be seeing you again soon!
2008年10月21日
帆布カバン
帆布カバンと言えば、京都の「一澤帆布」のカバンですが、今回買ったのは
「びわこの傍のやさしいストア」というネットショッピングです。
web新聞の記事(ネタ)もおもしろく、ほぼ毎日読んでいます。
取り上げている記事の視点も納得することが多く、というか前から自分が興味を持っていた
ことが多く取り上げられています。
(キャンプネタはありませんが…)
一澤帆布のこともL.L.Beanの帆布カバンも取り上げていました。
赤い方のカバンはお母さんが和太鼓や篠笛の教室に行くときに持って行っています。
はげた感じの若草色?かばんはお父さんが10年以上前に毎日使っていたカバンです。
ぼろぼろになってきたので「もう持たんといて」と言われて、物置にしまってありました。
一澤帆布は「お家騒動」で、「一澤信三郎帆布」に名前がかわりとても残念です。
もう30年近く前の京都・東山知恩院前の小さな古い店のころから買っていたお父さんとしては
新しい帆布カバンをオリジナルで出すことになった「びわこの傍のやさしいストア」で
買うにあたってはずいぶん迷ったのですが、この店のオーナーの帆布カバンへの
思い入れなども読んで1つ買いました。
素材や縫製はもうばっちりです。L.L.Beanのカバンほど厚くなくほどよい感じです。
ボート型を買ったのですが、見た目にやや小さめです。A4サイズのファイルが
横に入ります。たくさん入るのですが、大柄の私が持つととても小さく見えます。
「これは、女性用やわ」 「私が使うわ」 とお母さんが狙っています。
2008年10月18日
みんなが欲しいという ogawa ハイバックアームチェア
この夏、ナチュブロを書くようになっていろんなブログで評判のogawa campalのこの
イスが欲しくなりました。でも今年の「無印の南乗鞍キャンプ」では「エアベッド」や
「集会テント」?などいろいろ買ってるので結局、1980円のロゴスを買って持っていきました。
でも、やっぱりイマイチ満足感が得られず、「至福のとき」にはいたりませんでした。
そう思っているだけかもしれませんが、私としてはロゴスのイスはももの下あたりが
落ち込んでしまい、少しきゅうくつでした。
ogawaのこれはそんなこともなく、肘掛けのアーム部分もとてもいい感じです。
コールマンのもその店(駅前のホームセンター)に展示してあって、1000円ほど安かったのですが、
「在庫かぎり」で「もう今シーズンは売り切れです、来年の春まで入ってきません。」
「たぶん、値上がっていると思います。」という店員さんの言葉を信じて買いました。
どうせ買うならバレンタインレッドと思っていたので、最後の1つを6980円で買いました。
さっそく家の玄関ホールにおいて写真を撮りましたが、
使う予定はまだありません。寂しいかぎりです。
2008年10月13日
BENCH-WARMER
10月10日から3連休、息子さんは3日間ともスポ少の野球の練習と試合でした。
3日目の今日は、5年生以下の公式試合。
6年生が引退して新チームがスタートしました。
「お父さん、野球見に来てや」
前2日間はバスケットのコーチで家にいなかったお父さん。
近くの小学校で試合があると聞いて、お母さんと見に行きました。
5年生が5人なので、ひょっとしたら試合に出してもらえるかも…。
甘かったですね。もっと上手な3年生が出ていました。
試合中はずっとこうして、BENCHI-WARMERでした。
チームメイトがヒットを打ったら、大喜び。ガンバって応援していました。
次の4年生以下の試合では、9人しかいないので当然レギュラーでフル出場。
三振とサードゴロでしたが、1塁セーフで初めて出塁しました。
塁上でとても緊張。自分がセーフだったこともわからなかったみたいです。
野球を始めて半年、少しずつなれてきたようです。まだまだ練習不足ですが
まる3日間、休まずに野球ができるようになりました。
とても良い天気で気持ちがよかったです。駅前の高層マンションのしたの
小学校のグランドでたくさんのお父さんやお母さん、中には孫の応援に来た
おじいちゃん、おばあちゃんもいました。日陰を探して、そこからのんびりと応援です。
とても温かい応援が秋晴れの気持ちよい天気の中で繰り広げられていました。
1時半ころになってやっと昼食。もう1試合あるそうでしたが、お父さんとお母さんは
久しぶりに2人で、駅前のビルの地下でおいしい「博多ラーメン」を食べて、
1階の阪急オアシスで買い物をして帰りました。
3連休最終日、のんびりしてたのは私たち親で、一番忙しかったのは息子さんです。
野球から帰ってきて、シャワーをして、今から学校の宿題をしています。
ゆっくりと…休日を過ごせたのは大人でだけでした。
2008年10月12日
草津シネマハウス 閉館

よく通った映画館が(07年) 9月いっぱいで閉館になるそうです。 eoblogより移行中
60年間にわたり草津の街の映画ファンに愛されてきた映画館がなくなるのは本当にさびしい
ものです。
小学生の頃初めて劇場で映画をみました。たぶんゴジラ映画だったと思います。
当時は「草津第二劇場」と言っていました。
子どもの頃、映画を見に行くというのは一大イベントでして、わくわくしながら見に
行ってたのを覚えてきます。
中学くらいになるとあまり映画館には行かなくなりました。
でも、「伊豆の踊子」は草津で見たような気がするな。
そして、久しぶりにどきどき興奮してみたのが「燃えよドラゴン」でした。
高校生の兄に誘ってもらって、石山の映画館で見ました。今思うと、映画好きで「ロードショウ」と
いう雑誌なんかをよく読んでいた兄と一緒に映画を見に行ったのは
これが最後のような気がします。
そして、その兄の影響を受けて私も映画をいっぱい見るようになりました。高校生の時は、石山か
大津がほとんどで、たまに京都へ行ったと言っても
高校の行事の一環で映画を見たときくらいでした。
大学へ行くようになると「映画は京都で見るもの」になっていました。ロードショウで見るようになり、
洋画も日本映画も見ましたね。
そのころは草津の映画館には寄りつきもしなかったのですが、就職して仕事が草津近辺になると、
こんどは京都まで行くのが面倒になりました。そのころ「シネマハウス」ができたこともあって、
草津で映画を見るようになりました。
レンタルビデオも借りてみたりしていましたが、本当に見たい映画は劇場で見ていました。
いそがしくて、あまり映画の情報を知らないときも、先にパンフレットで予習したりして見てました。
お母さんとも何回かシネマハウスで見ました。「タイタニック」なんか満席だったように思います。
子どもが映画を見るようになると
「ドラえもん」はお母さんと、「ハリケンジャー」「ポケモン」やディズニー映画はお父さんと見る
というように、息子さんが両方に映画館に連れて行ってもらって、いっぱい映画を見たのは
「シネマハウス」でした。
家から近くてとても行きやすかった映画館が時代の流れとはいえ、閉館されるのは
とても残念です。
これからは見たい映画があったら、どこで見るのでしょうか。もう、ポケモンの映画を見に
連れて行かなくていいのならうれしいのですが…。
息子さんは、「浜大津でボウリングして映画館みて、琵琶湖ホテルに泊まったらいいやん」
と本気で考えています。
やめてくれー。お父さんは一人でゆっくり映画だけが見たい。
2008年10月12日
ワールドトレードセンター

eoblogより移行中
この映画は2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件でワールドトレード
センターが倒壊して、2749人もの尊い命が犠牲になった悲劇の物語(実話)です。
映画は、倒壊の危険があるビルに被害者救出のために向かい、
瓦礫の下に 閉じこめられた湾岸警察のジョン・マクローリンとウィル・ヒメノ隊員が奇跡的に救出
されるという物語です。この事件の生存者20人のうち、18番目と19番目の救出だったそうです。
21世紀最初の「悲劇」なんですが、アメリカの正義が美しく描かれています。
国家の一大事のために勇敢に活動するさまざまな人々が描かれています。
多くの人間の尊い行動があたりまえのように美しく描かれています。
そして、これは湾岸警察のジョン・マクローリン夫妻とウィル・ヒメノ夫妻の物語(実話) でもあります。
ジョンとウィルが生き埋めになっている間に、生きることをあきらめそうになりながらも
「寝たら最後」と必死で語る話の中で
「妻や子どもたちへの思い」や「警察官としての生きざま」を語るシーンは感動的でした。
自分がもし意識があって生死をさまようような状態のとき同じようなことを考えたりするの
だろうかと思いました。 2人の会話の中で隊長のジョンがビルの中に救出に向かうとき、
いっしょに行くことをウィルが志願したのですが、
連れて行ったことをジョン隊長がウィルにわびるところがあります。
「行かなかったら、自分は警察官として一生後悔するだろう」みたいなセリフが出てきます。
人はどうするかを迷ったとき、そのときそのときに精一杯考えて行動します。
行くか行かないか、するかしないか 一生後悔しないように…
あの時、もしわたしが運悪く死んでいたら、今年の2月2日はわたしの17回忌
になっていたことでしょう。
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2008年10月09日
06,パンコール・ラウ・リゾートでスローライフ
「ゆっくりと…」eoblog(子育て編)から引っ越ししています。
2006年7月29日(土)から8月4日(金)までマレーシアへ行ってきました。
朝、自宅を出て、JR草津駅8:30の「はるか」で関空まで1時間半です。便利になりました。
12:00の飛行機でクアラルンプール(K.L)の空港へ。Bさんのご主人のお迎えで、
MontKiaraのご自宅へ。夕ご飯をごちそうになり、泊めてもらいました。
次の日は、バティックを体験して、お昼はマンダリン・オリエンタルホテルで高級な「飲茶」
をして、お母さんたち二人は、伊勢丹でお買い物。
papa2人と子どもたちは、KLCCの近くの水族館へ行きました。
夜はタクシーで、ホタル見学ツアーへ。
日本では考えられないほどの無数のホタルがマングローブの林にクリスマスツリーの
灯りのように光っていました。
3日目は、タクシーでパンコール・ラウ・リゾートへ。途中でドライバーのジャクソンさん(チャイニーズ)
ご推薦のチャイナタウンで食べた「ワンタン」がホントにおいしかったです
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2008年10月05日
pieri 守山を見に行きました。
新しく琵琶湖大橋の東詰にできた 「pieri守山」に行ってきました。
ここは以前あったホテル「レークビワ」のあとにできた「わんわん王国」もつぶれて、その跡地にできた巨大ショッピングモールです。
朝からの雨で息子さんの野球は中止。お母さんもその野球の保護者「当番」でしたが
それもなくなり、とてもひまにしていました。昼から帰ってきたお父さんと交渉です。
「pieri行こうか、オープンから2週間ほどたっているし、もうすいているやろう」
「でも混んでたらどうする」
「駐車場にはいるのに30分以上かるようやったら、引き返そう。」
正直、それほど行きたいわけではないのですが、「まぁ、1回行ってみようか」
湖岸道路を走ったのですが、手前の佐川美術館あたりから混み始めました。
「あとどれくらいかかるの?」ぐずりだした息子さんついに車を降りて、
傘を持って走り出しました。そしたらまた、車が動き出して息子さんは置いて行かれました。
仕方がないので左端に車を止めて、また乗せました。
息子さんは必死で走っていたみたいで、ひどく息切れしていました。
これも一つの経験でしょう。
結局、混み出してからやっぱり30分くらいかかって、やっと中に入れました。
店内はいっぱいの人でしたが、あまり人の入っていない店も結構ありました。
見てるだけの人も多かったですね。
お母さんはぴったりサイズの一度はいたらやめられない魔法のパンツを売っているという
・ストレッチパンツの専門店・ビースリー)が県内に初めてできたそうで
さっそく買いましたが、そのお店も今度できるイオン草津店にもはいるそうで
「だったら、イオンにいくわ」と言うことで、たぶん我が家は近い方のイオンに
いって、途中で寄ることはあっても、わざわざここへは来ないでしょう。
2008年10月04日
ママの遺したラヴソング

10月2日の木曜日の夜、息子さんは小学校の自然教室で荒神山(彦根市)へ行っています。
お母さんも保護者ボランティアで自然教室に参加しています。
だから、久しぶりにDVDを借りてきてゆっくり家で見ました。
見終わったあとの余韻がなかなかいい映画でした。
『ママの遺したラヴソング』。原題は『A LOVE SONG FOR BOBBY LONG』です。
学校へも行かず堕落した生活を送っていた娘のパーシー(スカーレット・ヨハンソン)は、
長年疎通だった母が死んだという知らせを聞き、ニューオーリンズへ向かいます。
お葬式はもう終わっていて、母の家には元大学文学部教授のボビー・ロング(ジョン・トラボルタ)と彼を慕う作家志望の青年ローソン(ガブリエル・マクト)が住みついていました。
母の友人であるらしい二人と、近所に住む人々の温かい雰囲気がとてもいいです。
けだるい暑さの中で、ただ集まってたわいもない話をしている。
仲間たちとの意味のない会話を毎日している。
なんにもしていないのに密度の濃い、贅沢な時間がゆっくりと流れている。
なんか、不思議な場面がよく出てきます。
もと大学教授のボビーのくだらない?変な話をみんなが聞いている。
そして、また、文豪の 名著からの数々の引用がいっぱい出てくる。
それはとても意味のある、深い言葉が多い。皮肉も多い。
でも、多すぎて途中でこの元教授は何が言いたいのか考えるのをやめた。
あとの方で、パーシーとボビーが口論となった時に出てくるセリフで
「あなたは、人の言葉でしか話ができない。」みたいなのが出てくる。
なるほど、「自分の言葉で自分のことが話せない」そういう人って、いるなぁと思った。
自分はどうだろ?人に話すとき自分の言葉で話しているだろうか。

ママの思い出がないパーシーに町のたくさんの人がママのことを話してくれる。
ママがこの町の人に親しまれ、愛されていたこともよくわかる。
町の人々が作り出している不思議に心地よい雰囲気がよかった。
復学したパーシーが、無事に高校を卒業して大学進学するお祝いを町のみんながしているシーンもとても良かった。
また、 スカーレット・ヨハンソンが、頭が良く、口が達者だけど生きることに不器用な女の子を生き生きと演じていて、とても魅力的でした。
自分は子どもに何を遺しておくことができるのだろうか。
自分の父や母は何を遺してくれているのだろうか。
お金や財産という形あるものではでなく、人とのつながりであったり、人の心に何を遺したかが大切なような気がする。

