「いくつかの場面」
少し前、還暦をすぎたジュリーが東京ドームで歌う映像をテレビで見た。
「タイガース」のジュリーや沢田研二になって毎日のようにテレビでかっこよく歌っていたころのイメージとは、ほど遠い姿がテレビに映っていた。
重い身体を動かしながら、舞台の端から端へと、けっして速くないスピードで動き回っていた。
おなかもかなり出ていて、「この姿で、出てきたらあかんでぇ~」と思わず口から出た。
でも、たぶんこのコンサートのステージに立つために、体力づくりもしてたのだろう。
でも、いまも鍛えられたスリムな身体でファンの前に出てくるE.YAZAWAとはまったく違うじゃないか。
還暦のジュリーの姿を見たことももう忘れていたころ、たまたま自分が20代のころよく聞いていた河島英五の曲をまた聴きたいとネットで見ていたら、
ジュリーが「いくつかの場面」という歌を歌っていることを初めて知った。
そして、この歌を還暦のコンサートでいろいろな思いをこめて熱唱していたことを知った。
河島英五の歌としてしか知らなかったので、あらためて家にある河島英五のCDやカセットテープを探した。
ベストセレクションCD(CBSソニー1986)に入っていたのを久しぶりに聴いた。
この曲を 1975年12月にLPレコードで出したあと、35歳も年をとった沢田研二が
まったく違う想いで、大勢のジュリーファンの前で、もうかっこよくない沢田研二が歌った。
♪ いくつかの場面があった まぶたを閉じれば
いつも何かが 歌うことを支え 歌うことが 何かを支えた
沢田研二が熱唱する「いくつかの場面」 (NHKBS2放送)をYouTubeで聴いた。
なかなかよかった。もうアイドルいやスターでもでない、年輪を重ねた沢田研二がそこにいた。
ジンとくるものがあった。
いま 「メタボ予備軍」と診断され、毎日体重計に乗っている私も
29インチのGパンをはいて、バイクにまたがっていた頃がなつかしい。
そして、あの頃の厚い想い出がたくさんある、幾人かの人たちに会いたいと思った。
がむしゃらに生きていたあの頃かなつかしい。
いつも私を支えてきたことは何だろう。 何がこれからの私を支えていくのだろう。
今、この歌をあらためて聴いて考えたことは、これからの自分の何かを変えてくれるだろうか。
「河島英五」はやっぱり、いい歌つくっているなぁ。
また、今度 河島英五の「心から心へ」を聴きたいとおもう。
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