テレビに出なくなったあとは、四年ほど山にこもり、
大学の客員教授などをしていたようです。
最近ラジオなどに出だして、この度35周年記念ということで
「想定外を楽しむ方法」という本を出版しました。
35年前にテレビジャックという深夜番組に出だしてから
たくさんの企画を自分でプロデュースもしていました。
まだ関西大学の学生でした。
やがて、朝日放送の探偵ナイトスクープにも出て、人気者になり
さらに東京のテレビ番組から、海外ロケもいっぱいやるようになったわけですが、
海に落ちたり、こけたりして無茶なことをしているうちに、いろんな番組からも呼ばれなくなました。
仕事のなかった時に、福井の大学で仕事をきっかけに
関西大学でも10年間も教鞭をとるようになりました。
最近は、ひょんなことからラジオ番組に出るようになり
「越前屋俵太」を再結成したらしいです。
昔の面白いビデオがいっぱい上映され大笑いしたのですが、
一般の人目線の 日常が非日常に変わる面白さが一杯ありました。
あんなに人気があったのに、テレビ界から消えた理由がよくわかりました。
プロデューサーあってのテレビ業界、 利益追求ばかり考えた制作現場。
俵太のやりたいことを支持してくれた テレビ局のスタッフもいたそうですが
芸能界、テレビ業界の既得権益とか、癒着、虚偽演出、、
それらに反抗し続けて、干されてしまった。
そんな話を聞くと、今のお笑い芸人の世界も
何が面白いかの基準が、プロデューサー次第で
そのプロデューサーとも結びついている
大手事務所の一部の大御所芸人に牛耳られていて、
なかなかそれを超える芸人が現れない。
かつては、ボキャ天などでかなり面白かった芸人が
今はMCをしたりしているけど、丸くなっているなと思う。
トークショウの最後の方で俵太が言っていた
これからやりたいと考えていたことの精神は
昔とそんなに変わっていなかった。
エンディングで流れたスライドの最後で
赤ちゃんの俵太がお母さんに抱かれている写真が出て来た。
そして、俵太の字で、「真面目は人の宝です」という言葉が出て来た。
舞台から引っ込んでいた俵太が出て来て、「これは母の口癖です。」と
一言だけだったが、感謝の気持ち込めて言っていると思った。
あの無茶苦茶に見えるロケでの演出も、真面目に考えて真面目にやってきた積み重ねなんだ。
だから数々の映像業界の賞も受賞している
そして今日のこの会もそうなんだ
と、改めて思った。
また、自分の仲間と 新しい何かをやりだすであろう俵太。
会場は40代50代の人が多かったが、
昔を懐かしがっている場合じゃない。
忘れてしまった何かを取り戻し、新しい何かを始める。
そんな気持ちにさせてくれる会だった。
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